ブラックマンデーとは?1987年の株価大暴落をわかりやすく
ブラックマンデーは、1987年10月19日の月曜日に起きたニューヨーク株式市場の大暴落で、NYダウは1日で508ドル(22.6%)下げました。翌日の日経平均は3,836円安と、2024年8月まで破られなかった過去最大の下げ幅でした。何が起きたのかを解説します。
目次
ブラックマンデーで何が起きたか
1987年10月19日の月曜日、ニューヨーク株式市場で株価が急落しました。NYダウは1日で508ドル、率にして22.6%下げています。
この下落率は、世界恐慌のきっかけとなった1929年10月の大暴落のときの1日の下落率(10月28日の12.8%)も大きく上回るものでした。
前兆はありました。10月14日からいくつもの市場で大きな下げが続き、前の週の金曜日にあたる10月16日には、NYダウは1日で4.6%下げていました。
ブラックマンデーで相場はどう動いたか
暴落は翌日、東京市場にも広がりました。10月20日の日経平均は3,836円48銭(14.90%)下げ、当時の過去最大の下げ幅となりました。
この下げ幅は、2024年8月5日に日経平均が4,451円下げるまで、37年近く最大の記録でした。
下げ幅(円)で比べると2024年8月5日のほうが大きいものの、下落率では1987年10月20日の14.90%のほうが大きく、2024年8月5日の下落率(12.4%)を上回ります。指数の水準が違う日どうしは、率で比べると実感に近くなります。
ブラックマンデーはなぜ起きたのか
急落を大きくした原因として、コンピューターによる「プログラム売り」が挙げられます。株価が下がると、あらかじめ決めた手順に従って自動で売りが出され、それがさらに株価を下げるという悪循環が起きたとされます。
特に、株価が下がったときに先物を売って損失を抑える「ポートフォリオ・インシュアランス」という手法が広く使われていたことが、売りを加速させました。一人ひとりにとっては損失を抑える手順でも、多くの参加者が同じ手順で一斉に売ると、相場全体の下げを大きくします。
背景には、米国の貿易赤字とドル安への不安もありました。週末の10月17日には、米国の財務長官がドル安を容認するかのような発言をしたことも、市場の不安を強めたとされます。
ブラックマンデーのその後
翌10月20日、FRBのグリーンスパン議長は、経済と金融の仕組みを支えるために資金の供給元となる用意がある、と声明を出しました。FRBは銀行に貸し出しを続けるよう促し、混乱が金融の仕組み全体に広がるのを防ぎました。
相場の戻りも速く、NYダウは2日間で288ドル、暴落の下げ幅の57%を取り戻しています。日本の株価はその後も上昇を続け、1989年12月の最高値へ向かっていきました。
この経験から、株価が一定の率を超えて下げたときに取引を一時止める仕組み(サーキットブレーカー)が整えられました。2020年3月のコロナショックでは、この取引停止の仕組みが何度も作動しています。
ブラックマンデーに近い出来事をこのサイトで見る
このサイトには1987年の1分足はありませんが、株価が短い時間に大きく下げた出来事として、2020年3月のコロナショックと、2025年4月のトランプ関税ショックがあります。コロナショックでは、2020年3月16日にNYダウが2,997ドル下げ、当時の過去最大の下げ幅を記録しました。
よくある質問
- ブラックマンデーとは?
- ブラックマンデーは、1987年10月19日の月曜日に起きたニューヨーク株式市場の大暴落で、NYダウは1日で508ドル(22.6%)下げました。
出典
- Stock Market Crash of 1987|Federal Reserve History
- 【1987年10月19日】ブラックマンデー|トウシル
- ブラックマンデー|大和証券
- NYダウ急落、過去最大の下げ幅 2997ドル安|日本経済新聞
- 日経平均株価4451円安 下げ幅ブラックマンデー超え最大|日本経済新聞
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