ニクソン・ショックは、1971年8月15日に米国がドルと金の交換を停止した出来事で、1ドル=360円の固定相場の時代を終わらせました。円は同じ年の12月に308円に切り上げられ、1973年には変動相場制に移っています。今の為替相場の出発点になった経緯を解説します。
プラザ合意は、1985年9月22日に先進5か国(G5)が行きすぎたドル高を協調して是正することで合意したものです。合意から1日でドル円は20円ほど円高に動き、翌年7月には150円台に達しました。経緯と、その後の日本経済への影響を解説します。
ブラックマンデーは、1987年10月19日の月曜日に起きたニューヨーク株式市場の大暴落で、NYダウは1日で508ドル(22.6%)下げました。翌日の日経平均は3,836円安と、2024年8月まで破られなかった過去最大の下げ幅でした。何が起きたのかを解説します。
日本のバブル崩壊は、1989年12月29日に日経平均が38,915円87銭の最高値を付けたあと、1990年から株価と地価が崩れていった出来事です。この最高値が更新されたのは、34年あまり後の2024年2月22日でした。何が起きたのかと、その後の長い低迷を解説します。
ポンド危機(ブラック・ウェンズデー)は、1992年9月16日に英ポンドが売り浴びせられ、英国が欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱した出来事です。イングランド銀行は1日のうちに政策金利を12%に上げ、さらに15%への引き上げを打ち出しても、売りを止められませんでした。ソロス氏との攻防とあわせて解説します。
アジア通貨危機は、1997年7月2日にタイがドルとの交換比率を固定する仕組みをやめたことをきっかけに、アジアの国々の通貨が次々と暴落した出来事です。韓国やインドネシアにも広がり、各国はIMFなどの支援を受けました。広がった仕組みを解説します。
1998年の円急騰は、10月7日から8日にかけての48時間で、ドル円が20円以上も円高に動いた出来事です。ロシア危機と米国の大手ヘッジファンドLTCMの破綻をきっかけに、円キャリートレードの解消が進んだためとされます。為替の歴史のなかでも際立つ急変を解説します。
ITバブル崩壊は、1990年代末に期待だけで急騰したインターネット関連の会社の株価が、2000年から崩れた出来事です。ナスダック総合指数は、2000年3月10日の最高値5,048.62から2002年10月9日の1,114.11まで、およそ78%下げました。何が起きたのかを解説します。
2001年9月11日の米国同時多発テロのあと、ニューヨーク株式市場は14日まで4日間取引を止め、再開した9月17日にNYダウは684ドル下げました。再開から1週間の下落率は14%を超えています。市場が止まったあとに何が起き、各国の当局がどう動いたかを解説します。
欧州債務危機は、2009年にギリシャの財政赤字の過少報告が明らかになったことから始まり、ユーロ圏の国々へ広がった危機です。2010年のEU・IMFによる支援を経て、2012年のECBのドラギ総裁の「何でもする」発言が、沈静化の大きな転機になりました。流れを解説します。
円の史上最高値は、2011年10月31日の1ドル=75円32銭です。政府・日銀は同じ日に、1日としては当時過去最大の8兆722億円の円売り介入を行いました。記録的な円高の時代と、その終わりを解説します。
2024年8月5日、日経平均は4,451円(12.4%)下げ、ブラックマンデーの翌日を超える過去最大の下げ幅を記録しました。翌6日には3,217円上げ、今度は過去最大の上げ幅です。米国の景気への不安と急な円高が重なった経緯を解説します。
為替介入は、政府・日銀が市場で通貨を売り買いして、行きすぎた為替の動きを止めようとする操作です。円買い介入では、ドル円が数分で数円下げることがあり、1日の金額は5兆円を超えたこともあります。仕組みと、なぜそこまで動くのか、過去の金額をまとめました。
レートチェックは、日銀が金融機関に為替の水準を問い合わせる行為です。実際に売り買いをしていないのに、報じられただけでドル円が1円以上下げることがあります。2026年1月23日には、30分で約1.7円下げました。介入の前触れとして受け止められる理由と、介入との違いを解説します。
リーマンショックは、2008年9月に米大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻した出来事です。週末に破綻が伝わり、月曜の最初の1分足は、金曜の終値より2.3円も円高の水準で始まりました。世界の金融市場が同時に急落した当時のドル円と株価の動きを振り返ります。
黒田砲は、2013年4月に日銀が打ち出した大規模な金融緩和(量的・質的金融緩和)を指す言い方です。日銀の発表から1時間ほどで、ドル円は1.4円円安に動きました。日本の金融政策の発表としては大きな動きです。市場の想定を超えた規模と、その後の円安・株高を振り返ります。
スイスフランショックは、2015年1月にスイス国立銀行が為替の下限を突然撤廃し、スイスフランが数分で急騰した出来事です。下限が外れた直後、ユーロスイスフランは1.20から1.03台まで一気に下げ、その間の値段では取引が成り立ちませんでした。値が飛んだ瞬間と、FX会社の破綻まで広がった影響を解説します。
ブレグジットは、2016年の国民投票で英国のEU離脱が決まった出来事です。開票が進むにつれて、ポンド円は30分で約9円下げました。ふだんなら数週間から数か月かけて動くような幅です。予想を覆した開票と、段階的に下げたポンドの動きを振り返ります。
2016年の米大統領選は、同じ材料でも受け止めが変わり得ることを示す例です。当選が確実になった日、最初は株安・円高、その後は株高・ドル高と、相場が一日のうちに正反対へ振れました。日経平均は翌日、その年最大の1,092円高で下げを取り戻しています。当日の値動きを振り返ります。
トランプ関税ショックは、2025年4月に米国が広範な関税の導入を発表し、世界の株式市場が急落した出来事です。発表から1時間で、S&P500に連動する銘柄は4.6%下げました。ふだんの1日の値動きを大きく超える幅です。急落から、90日間の停止による急反発までを振り返ります。
2022年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始しました。侵攻が伝わった直後の1時間、原油はほとんど動いていません。大きな値上がりは、そのあと数日から数週間かけて、制裁の広がりとともに進みました。原油や金が急騰していった流れを解説します。
コロナショックは、2020年3月に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて世界の株式市場が同時に暴落した局面です。米国で取引を止める措置が繰り返し発動され、NYダウは1日で2,997ドル下げました。NYダウが過去最大の下げ幅を記録した当時の動きを振り返ります。
東日本大震災は、2011年3月11日に発生し、日本の市場が取引時間中に直面した災害です。地震の直後30分、ドル円は円高ではなく、わずかに円安の方向に動いていました。円が本格的に買われたのは数日後です。3月17日に当時の史上最高値となる76円台を付けるまでの、円相場と日経平均の動きを解説します。
ニクソン・ショックは、1971年8月15日に米国がドルと金の交換を停止した出来事で、1ドル=360円の固定相場の時代を終わらせました。円は同じ年の12月に308円に切り上げられ、1973年には変動相場制に移っています。今の為替相場の出発点になった経緯を解説します。
プラザ合意は、1985年9月22日に先進5か国(G5)が行きすぎたドル高を協調して是正することで合意したものです。合意から1日でドル円は20円ほど円高に動き、翌年7月には150円台に達しました。経緯と、その後の日本経済への影響を解説します。
ブラックマンデーは、1987年10月19日の月曜日に起きたニューヨーク株式市場の大暴落で、NYダウは1日で508ドル(22.6%)下げました。翌日の日経平均は3,836円安と、2024年8月まで破られなかった過去最大の下げ幅でした。何が起きたのかを解説します。
日本のバブル崩壊は、1989年12月29日に日経平均が38,915円87銭の最高値を付けたあと、1990年から株価と地価が崩れていった出来事です。この最高値が更新されたのは、34年あまり後の2024年2月22日でした。何が起きたのかと、その後の長い低迷を解説します。
ポンド危機(ブラック・ウェンズデー)は、1992年9月16日に英ポンドが売り浴びせられ、英国が欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱した出来事です。イングランド銀行は1日のうちに政策金利を12%に上げ、さらに15%への引き上げを打ち出しても、売りを止められませんでした。ソロス氏との攻防とあわせて解説します。
アジア通貨危機は、1997年7月2日にタイがドルとの交換比率を固定する仕組みをやめたことをきっかけに、アジアの国々の通貨が次々と暴落した出来事です。韓国やインドネシアにも広がり、各国はIMFなどの支援を受けました。広がった仕組みを解説します。
1998年の円急騰は、10月7日から8日にかけての48時間で、ドル円が20円以上も円高に動いた出来事です。ロシア危機と米国の大手ヘッジファンドLTCMの破綻をきっかけに、円キャリートレードの解消が進んだためとされます。為替の歴史のなかでも際立つ急変を解説します。
ITバブル崩壊は、1990年代末に期待だけで急騰したインターネット関連の会社の株価が、2000年から崩れた出来事です。ナスダック総合指数は、2000年3月10日の最高値5,048.62から2002年10月9日の1,114.11まで、およそ78%下げました。何が起きたのかを解説します。
2001年9月11日の米国同時多発テロのあと、ニューヨーク株式市場は14日まで4日間取引を止め、再開した9月17日にNYダウは684ドル下げました。再開から1週間の下落率は14%を超えています。市場が止まったあとに何が起き、各国の当局がどう動いたかを解説します。
欧州債務危機は、2009年にギリシャの財政赤字の過少報告が明らかになったことから始まり、ユーロ圏の国々へ広がった危機です。2010年のEU・IMFによる支援を経て、2012年のECBのドラギ総裁の「何でもする」発言が、沈静化の大きな転機になりました。流れを解説します。
円の史上最高値は、2011年10月31日の1ドル=75円32銭です。政府・日銀は同じ日に、1日としては当時過去最大の8兆722億円の円売り介入を行いました。記録的な円高の時代と、その終わりを解説します。
2024年8月5日、日経平均は4,451円(12.4%)下げ、ブラックマンデーの翌日を超える過去最大の下げ幅を記録しました。翌6日には3,217円上げ、今度は過去最大の上げ幅です。米国の景気への不安と急な円高が重なった経緯を解説します。
為替介入は、政府・日銀が市場で通貨を売り買いして、行きすぎた為替の動きを止めようとする操作です。円買い介入では、ドル円が数分で数円下げることがあり、1日の金額は5兆円を超えたこともあります。仕組みと、なぜそこまで動くのか、過去の金額をまとめました。
レートチェックは、日銀が金融機関に為替の水準を問い合わせる行為です。実際に売り買いをしていないのに、報じられただけでドル円が1円以上下げることがあります。2026年1月23日には、30分で約1.7円下げました。介入の前触れとして受け止められる理由と、介入との違いを解説します。
リーマンショックは、2008年9月に米大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻した出来事です。週末に破綻が伝わり、月曜の最初の1分足は、金曜の終値より2.3円も円高の水準で始まりました。世界の金融市場が同時に急落した当時のドル円と株価の動きを振り返ります。
黒田砲は、2013年4月に日銀が打ち出した大規模な金融緩和(量的・質的金融緩和)を指す言い方です。日銀の発表から1時間ほどで、ドル円は1.4円円安に動きました。日本の金融政策の発表としては大きな動きです。市場の想定を超えた規模と、その後の円安・株高を振り返ります。
スイスフランショックは、2015年1月にスイス国立銀行が為替の下限を突然撤廃し、スイスフランが数分で急騰した出来事です。下限が外れた直後、ユーロスイスフランは1.20から1.03台まで一気に下げ、その間の値段では取引が成り立ちませんでした。値が飛んだ瞬間と、FX会社の破綻まで広がった影響を解説します。
ブレグジットは、2016年の国民投票で英国のEU離脱が決まった出来事です。開票が進むにつれて、ポンド円は30分で約9円下げました。ふだんなら数週間から数か月かけて動くような幅です。予想を覆した開票と、段階的に下げたポンドの動きを振り返ります。
2016年の米大統領選は、同じ材料でも受け止めが変わり得ることを示す例です。当選が確実になった日、最初は株安・円高、その後は株高・ドル高と、相場が一日のうちに正反対へ振れました。日経平均は翌日、その年最大の1,092円高で下げを取り戻しています。当日の値動きを振り返ります。
トランプ関税ショックは、2025年4月に米国が広範な関税の導入を発表し、世界の株式市場が急落した出来事です。発表から1時間で、S&P500に連動する銘柄は4.6%下げました。ふだんの1日の値動きを大きく超える幅です。急落から、90日間の停止による急反発までを振り返ります。
2022年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始しました。侵攻が伝わった直後の1時間、原油はほとんど動いていません。大きな値上がりは、そのあと数日から数週間かけて、制裁の広がりとともに進みました。原油や金が急騰していった流れを解説します。
コロナショックは、2020年3月に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて世界の株式市場が同時に暴落した局面です。米国で取引を止める措置が繰り返し発動され、NYダウは1日で2,997ドル下げました。NYダウが過去最大の下げ幅を記録した当時の動きを振り返ります。
東日本大震災は、2011年3月11日に発生し、日本の市場が取引時間中に直面した災害です。地震の直後30分、ドル円は円高ではなく、わずかに円安の方向に動いていました。円が本格的に買われたのは数日後です。3月17日に当時の史上最高値となる76円台を付けるまでの、円相場と日経平均の動きを解説します。