1998年の円急騰とは?LTCM危機でドル円が2日で20円下落
1998年の円急騰は、10月7日から8日にかけての48時間で、ドル円が20円以上も円高に動いた出来事です。ロシア危機と米国の大手ヘッジファンドLTCMの破綻をきっかけに、円キャリートレードの解消が進んだためとされます。為替の歴史のなかでも際立つ急変を解説します。
目次
1998年の円急騰で何が起きたか
1998年の前半、ドル円は円安が進んでいました。前の年の秋から日本の大手金融機関の破綻が続き、景気の先行きへの不安が強かったためです。政府・日銀は4月に円買い介入を行い、6月17日には米国と協調して円を買う介入も行いましたが、8月11日には1ドル=147円台まで円安が進みました。
8月17日、ロシアが通貨の切り下げと債務の支払いの停止に踏み切りました(ロシア危機)。大きな損失を抱えた米国の大手ヘッジファンドLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)は、経営の危機に陥ります。
9月23日、ニューヨーク連銀の仲介で、14の銀行・証券会社が36億ドルあまりを出資してLTCMを救済しました。FRB自身はお金を出していません。
1998年の円急騰で相場はどう動いたか
10月7日から8日にかけての48時間で、ドル円は20円以上も円高に動きました。10月の初めには1ドル=130円台だったドル円は、110円台まで一気に下げています。
8月の147円台から見ると、2か月足らずで30円以上の円高です。春に介入で止めようとしていた円安が、わずかな期間で正反対の急激な円高に変わりました。
1998年の円急騰はなぜ起きたのか
当時は、金利の低い円を借りて、金利の高い通貨や資産で運用する取引(円キャリートレード)が大きく積み上がっていました。市場の不安が高まってこの取引が一斉に解消されると、借りていた円を買い戻す動きが円高を加速させたとされます。
急変の直接のきっかけについては、LTCMの持ち高の解消のほか、別の大手ヘッジファンドの損失確定だったという見方もあります。
1998年の円急騰のその後
FRBは9月29日、10月15日、11月17日と3回続けて政策金利を0.25%ずつ下げ、4.75%にしました。10月15日の利下げは、定例の会合を待たずに行われたものです。
この急変は、のちに国際決済銀行(BIS)の委員会が「1998年秋の国際金融危機」として報告をまとめるなど、為替市場の歴史に残る出来事になりました。円キャリートレードの巻き戻しによる円高は、その後の金融危機でも繰り返し見られる形です。
1998年の円急騰に近い出来事をこのサイトで見る
円キャリートレードの解消が円高を加速させた出来事としては、2008年のリーマンショックがあります。週明けの最初の値が、金曜の終値から大きく円高の水準で始まりました。
短い時間にドル円が数円動く様子は、為替介入のシナリオでも見られます。
よくある質問
- 1998年の円急騰とは?
- 1998年の円急騰は、10月7日から8日にかけての48時間で、ドル円が20円以上も円高に動いた出来事です。
出典
- Near Failure of Long-Term Capital Management|Federal Reserve History
- 【為替】1998年の日米協調介入を振り返る|マネクリ
- Open Market Operations(政策金利の変更の記録)|FRB
- 外国為替平衡操作の実施状況|財務省
- 1998年秋の国際金融危機|日本銀行
- 為替相場はそのとき動いた|iFinance
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