ITバブル崩壊とは?ナスダック78%下落の原因と経緯
ITバブル崩壊は、1990年代末に期待だけで急騰したインターネット関連の会社の株価が、2000年から崩れた出来事です。ナスダック総合指数は、2000年3月10日の最高値5,048.62から2002年10月9日の1,114.11まで、およそ78%下げました。何が起きたのかを解説します。
目次
ITバブル崩壊で何が起きたか
1990年代後半、インターネットが家庭や会社に広がり始めると、ネットに関わる会社は大きく成長する、という期待が株式市場を覆いました。社名に「.com」を付けるだけで株価が上がる、と言われたほどです。
多くの会社はまだ利益を生んでいませんでしたが、売上や利用者の伸びを手がかりに、将来への期待だけで高い値が付いていました。熱狂は日本にも及び、ネットや通信に関わる会社の株価が急騰しています。
ITバブル崩壊で相場はどう動いたか
ハイテク株が多いナスダック総合指数は、2000年3月10日に終値で5,048.62の最高値を付けました。その後は下げ続け、2002年10月9日には1,114.11まで下げています。最高値からの下落率は、およそ78%です。
下げは一直線ではなく、途中で何度も大きく戻しながら、2年半あまり続きました。戻るたびに買った人も、そのあとの下げに巻き込まれる形になりました。
日本でも、光通信の株価が2000年に20日連続でストップ安になるなど、ネット関連の株が大きく下げています。
ITバブル崩壊はなぜ起きたのか
株価が、実際の利益ではなく期待だけで決まっていたことが、崩壊の大きな理由です。期待が剥がれると、値を支えるものがほとんど残っていませんでした。
金利の上昇も重なりました。FRBは景気の過熱を抑えるため、1999年6月から2000年5月までに政策金利を6回引き上げ、4.75%から6.5%にしています。金利が上がると、何年も先の利益への期待で買われていた株ほど、値が下がりやすくなります。
2001年から2002年にかけては、エンロンやワールドコムといった大企業の不正会計が明らかになり、企業の発表する数字そのものへの信頼も揺らぎました。
ITバブル崩壊のその後
FRBは2001年に入ると一転して利下げを続け、この年だけで11回、政策金利を1.75%まで下げました。
多くのIT企業が姿を消した一方で、生き残った会社のなかには、のちに世界を代表する企業に育ったものもあります。ナスダック総合指数が2000年3月の最高値を終値で上回ったのは、2015年4月23日(5,056.06)で、15年あまりかかりました。
インターネットそのものが一時の流行だったわけではありません。外れたのは技術の見通しではなく、その成長が、いつ、どの会社の利益になるのかという見積もりでした。
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よくある質問
- ITバブル崩壊とは?
- ITバブル崩壊は、1990年代末に期待だけで急騰したインターネット関連の会社の株価が、2000年から崩れた出来事です。
出典
- ITバブル崩壊とは|iFinance
- ナスダック、15年ぶり最高値|日本経済新聞
- 20日連続ストップ安! 米国のインターネット・バブル崩壊と楽天によるInfoseek Japan買収|Web担当者Forum
- Open Market Operations(政策金利の変更の記録)|FRB
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