欧州債務危機とは?ギリシャ危機とドラギ総裁の「何でもする」
欧州債務危機は、2009年にギリシャの財政赤字の過少報告が明らかになったことから始まり、ユーロ圏の国々へ広がった危機です。2010年のEU・IMFによる支援を経て、2012年のECBのドラギ総裁の「何でもする」発言が、沈静化の大きな転機になりました。流れを解説します。
目次
欧州債務危機で何が起きたか
2009年10月、ギリシャで新しく成立した政権が、前の政権の財政報告が事実と違っていたことを明らかにしました。3%台とされていた財政赤字(国内総生産に対する割合)は、実際には12%台(のちに13.6%に修正)でした。
ギリシャの国債が売られ、同じように財政に不安のある国々にも、危機が広がっていきます。
欧州債務危機で相場はどう動いたか
ユーロ圏の一部の国が借金を返せなくなるのではないかという不安から、ユーロが売られました。ユーロという共通の通貨の仕組みそのものが続くのかが問われる局面もありました。
債券市場では、ギリシャ・アイルランド・ポルトガル・スペイン・イタリアなど、財政に不安を抱える国の国債が売られ、利回りが大きく上がりました。利回りが上がると、その国が新しくお金を借りるときの金利も上がり、財政がさらに苦しくなります。
欧州債務危機はなぜ起きたのか
ユーロ圏は金融政策を1つにしている一方で、財政は国ごとに運営しています。財政の弱い国の問題が、共通の通貨を通じてユーロ圏全体の問題になりました。
ユーロ圏の国は自国の通貨を持たないため、為替を下げて輸出を立て直すことも、自国の中央銀行が国債を買い支えることもできません。この仕組みが、1つの国の財政への不安を、通貨そのものへの不安に結びつけました。
欧州債務危機のその後
2010年5月、EU・ユーロ圏とIMFは、ギリシャへの1,100億ユーロの支援と、合わせて7,500億ユーロの金融安定化の枠組みを決めました。2010年11月にはアイルランドが850億ユーロ、2011年5月にはポルトガルが最大780億ユーロの支援を受けることになります。
ギリシャには2012年2月に1,300億ユーロの追加の支援が決まり、民間が持つギリシャ国債の一部を減らす債務の削減も行われました。2012年7月には、スペインの銀行への支援も決まっています。
2012年7月26日、ECBのドラギ総裁はロンドンでの講演で、ユーロを守るために「何でもする(whatever it takes)」と発言しました。9月6日には、条件付きで国債を買い入れる仕組み(OMT)を決めています。この仕組みで実際に国債を買わないうちに各国の国債の利回りは下がり、発言は危機を沈静化させるうえで大きな役割を果たしたとされます。
欧州債務危機に近い出来事をこのサイトで見る
ECBの決定でユーロがどう動くかは、ECB政策金利発表のシナリオで見られます。
欧州の出来事で通貨が大きく動いた例としては、2016年のブレグジットもあります。
よくある質問
- 欧州債務危機とは?
- 欧州債務危機は、2009年にギリシャの財政赤字の過少報告が明らかになったことから始まり、ユーロ圏の国々へ広がった危機です。
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